大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和25年(う)2626号 判決

論旨はいずれも詐欺の犯意について事実誤認を主張するのである。原判決の認定した事実によると「被告人は昭和十九年四月頃自己の業務運営資金に窮したためその頃印刷物の納入に際し事前に日発近畿支店から用紙の支給を受けんことを依頼し会社係員にその承諾を得たが之を利用して用紙購入代金名義の下に自己の運転資金を不正に獲得せんことを企て昭和十九年四月二十六日十数種の用紙を購入した事実のないのに、右用紙を購入した如く装い、該用紙購入の上日発近畿支店のために自社において保管している如く虚偽の預り証を提出し当時の日発近畿支店経理課長近野万寿を欺き同人をしてその旨誤信せしめ用紙購入代金名義の下に日発近畿支店をして金五万三千百三十円を支払わしめ被告人において受取り騙取したのを始めとしてその後十数回に亘り前同様の方法により言々」と言うのであつて原判決引用の保管証拠(証第四号)等によれば被告人から日発近畿支店に対し「何日貴社に売却致候別紙の事務用紙は正に御預り候也」との預り証を差入れていることは認められるけれども、これら預り証を差入れるに至つた経過を当時の係員の証言に徴して見るに証人近野万寿(昭和二十年三月末まで経理課長)は「佐藤(被告人)は昭和十九年四月頃資金調達に色々苦労していた様で最初金を貸して欲しいとか資金の仮払をして呉れとか申していたが、会社としては消耗品の資金前渡はできぬことになつているので、この申出を拒絶していた、その後佐藤はいよいよ資金に困つて来たらしく私の所え来て会社の手持ちの紙を買い取つて呉れと頼みに来たのであるが、当時紙不足の折柄買占めておくのも良いと考え支店長の承認を得た上その頃佐藤から買上げ預り証を貰つた」と言い、証人久野幸三(昭和十九年二月から五月末まで資材課消耗品係、同年六月から昭和二十一年二月まで同課購買係)は「私は日発が東洋印刷の佐藤からその手持用紙を買うときは一度現場え検收に行き同人からどの用紙がどの品物にあたると一々説明を受け全部現実にあると思つたので、検收報告書を作成し佐藤から預り証を貰い保管せしめておいた」と言い、久野幸三の検事に対する第二供述調書では「昭和十九年四月佐藤が私の許え来て用紙を買つておいたらどうかと相談されたので、将来の値上りを考え、この際佐藤のストツク品を買占めておいた方がよいと思い、用紙を買うことを承諾した、私は事務用紙購入並代金即時払の件と言う禀議書(証第二号のうち)を作成しこれを前田課長を経て近野課長に提出し部長の決裁を得た、私はその時は用紙は佐藤の方でストツクしているものと考えており、佐藤の方から預り証(証第二号のうち)を提出させた、用紙を買う時に検收に出かけたが、確か当時佐藤の工場は北区大融寺にあり、其処の倉庫に色々な紙が一ぱい入つていたので、佐藤の売らんとする紙はこれだなあと思い、一々紙の規格について検討することなく検收報告書を出しておいた、その後昭和十九年の七月六日、九月十四日、十月十四日と同一形式で佐藤の用紙について購入禀議をしたが、これも佐藤の要求があつて買占めたものである。買つた用紙は引続き佐藤に保管させておき、印刷の注文の都度担当係の指示により出庫させていた」とあり、証人森靖国(昭和十八年より約二年間資材課消耗品係)は「私は久野から事務を引継いたのであるが、久野からはそれとなく品物がなくとも検收報告を切つてくれと言われたことがあり、佐藤の工場え検收に行つたときは数量までは当らなかつたが、紙はあつた。久野と一緖に検收に行つたのであるが二尺五寸位に積んだ紙がおいてあつた。二三回行つたのである」と供述しており、これらの証言によると当初二三回は被告人の手持用紙を買上げたのであつて、しかも当時手持用紙は相当現実に存在し、預り証の記載が判示のように虚偽だとはにわかに断定することはできない。その他原判決挙示の証拠を検討しても当初の二、三回について判示のような欺罔手段を認定するに足る資料は存在しないし、手持用紙が買上げられ終つた時期以後の欺罔方法は明らかにされないのである。被告人は果して判示のように「用紙を購入した事実のないのに、用紙を購入して現実に保管しているように虚偽の預り証を提出し係員を欺いた」ものであろうか、若しそうだとすれば明らかに詐欺罪が成立する。しかし、被告人は判示によればその真否は兎も角として「印刷物の納入に際し係員から事前に用紙の支給を受ける承諾を得ていた」と言うのであるから、当時資金に窮していた被告人がそれ以上に不利な「予め自ら用紙を購入しその後に会社から購入代金の支給を受ける」ような方法を真実甘受するものと相手方係員が信じたとは考えられない。吾人の実験則に反する。若し右の判示が真実なりと仮定すれば係員は会社の内規に合致するよう手続上、書類上の体裁を整え、真実は事後に印刷用紙(預り証記載の事務用紙)を購入することを諒解の上用紙購入資金を支給したのではあるまいか。その一端の証左は証人森靖国の「久野からはそれとなく品物がなくとも検收報告を切つてくれと言われたことがある」との証言に現われている。しかし、この場合は詐欺罪は成立しないと速断することはできない。何となれば、会社指示の印刷用紙を購入する意思のないのにその旨欺罔手段を構えて用紙購入資金の支給を受けることもあり得るからである。兎にも角にも原判決挙示の各証拠によつては判示の欺罔手段は認められない。原判決は審理不尽の結果理由不備ないしは事実誤認の疑があつて、破棄を免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!